造血幹細胞移植
100症例を達成

これを弾みに、
骨髄バンク&臍帯血バンク
認定施設を含む
同種移植の飛躍、
再生医療への展開を目指します

血液内科の腫瘍に対する治療戦略は、飛躍的な進歩を続けています。
原病の治療が困難な、古典的な時代は、輸血や感染症対策、出血傾向対策等の「支持療法」が主体でした。その後、各種の抗腫瘍剤の開発に基づき、それらを併用した、「多剤併用療法」が発展し、2020年時点でも、治療のかなりの部分を占めています。
その後、腫瘍細胞が、成熟細胞できないのは何故かが追求され、一部の造血器腫瘍では、腫瘍細胞を分化させ、正常の細胞に近づけると、血液細胞の寿命に従い、腫瘍細胞でも、細胞死に至ることを応用した「分化誘導療法」が、一部の造血器腫瘍に導入されました。
何と!導入できた病型では、治癒率が30%前後から、90%以上に至りました。
治療学は更に進歩し、腫瘍細胞のみが持つ特別な遺伝子異常が解明され始めました。
遺伝子異常の結果生じる、腫瘍細胞のみが持つ蛋白質が特定され、その作用を阻害する治療「分子標的療法」も定着しています。
この結果、致命的とされた、一部の造血器腫瘍は、80%を超える長期生存に至りました。
最近では、生体に備わった抗腫瘍免疫を逃れ育った腫瘍細胞を攻撃できる、人工的なTリンパ球を体外で作成し点滴する、全く新しい免疫療法「キメラ抗原受容体Tリンパ球療法」も開発され、保険診療に組み込まれつつある現況です。

これらの、血液内科領域の抗腫瘍療法は、今後、全身に広がった多くの固形腫瘍の治療に、応用される可能性があります。
血液内科の治療学を、腫瘍全般に応用する血液腫瘍学講座の新設が相次いでいるのは、自然な流れと考えられます。

これらの、科学力を駆使した、多彩な血液内科領域の治療戦略と共に、重要性を増し続けているのが、「造血幹細胞移植療法」及び「再生医療」です。

地域医療振興協会本部の吉新理事長、高久会長、東京北医療センターの宮崎管理者、塩津センター長らの、暖かい御配慮、御指導、御支援を賜り、東京北医療センター内に、造血幹細胞移植(SCT)が実施出来る血液内科を創設する案が持ち上がったのは、2014年頃でした。
SCTの実践には、多くの部門の新設が必要でした。
病室では、クリーンルーム、細胞鏡検室、染色室、自家移植(ASCT)時の自家末梢血幹細胞採取機器、採取できた幹細胞(HSC)浮遊液の冷凍保存装置(一部は液体窒素タンク必要)、採取できたHSC浮遊液の幹細胞機能検定のための設備(コロニー形成が評価できる細胞培養装置、HSC浮遊液内の微量の腫瘍細胞の混在を評価するためのマルチカラーフローサイトメモリー(MC-FCMや)PCR、次世代シークエンサーNGS等の分析装置)。
SCT後に体内に残存する腫瘍性血球の評価にも、PCRやMC-FCMやNGSは極めて有用です。

末血中にHSCが出現した際に、末梢血幹細胞採取が可能なことから、検査室内に、末血中のHSC数測定のマルチカラーフローサイトメトリー(CMC-FCM)が設置され、幹細胞抗原であるCD34を持った細胞の測定が可能となりました。

幹細胞移植の実施には、3つの要素が必須です。
一つは、現在の病的な造血組織を、ほぼ壊滅できる超強力な治療法である「前処置」です。前処置は、超大量の抗腫瘍剤投与や、全身放射線照射(TBI)からなります。
北医療センターには、放射線治療部が無いため、TBIは、近くの医療機関の放射線治療部に依存していますが、易感染性が懸念されるため、院内で実施できることが望まれます。

二つ目は、HSC浮遊液の静脈内投与=幹細胞輸注、です。
自家移植の場合は、-190℃から-80℃の極く超低温で凍結保存材とまぜて冷凍保存してあったHSCをダメージを最小限にして解凍し、体内に投与できる温度にまで解凍し輸注します。
HLA型などの血液細胞の型が一定以上一致したドナーからの幹細胞を輸注する同種移植の際は、ドナーの骨髄細胞を輸注するか、末梢血幹細胞を輸注するかにより、方法が異なります。

同種骨髄移植の場合は、無菌手術室で採取できた約800ml~1リットルの骨髄液から得られる幹細胞(わずか0.1ml程度)を輸注します。
このためドナーから採取できた骨髄液の大部分は、出血と同様の負荷が提供者にかかります。
このため骨髄液提供前には、3週間の間に400mlを2回自己血採取し、これを輸血しながら、移植用骨髄液を採取します。
このため自己血保存装置が必要です。ドナーと患者間の赤血球型が不一致の際には、赤血球を除去した後に幹細胞分画を輸注します。
同種末梢血幹細胞移植の場合は、冷凍してあったドナー由来の末梢血幹細胞を解凍した後に輸注します。

三つ目は、輸注幹細胞の、早期の患者体内での正着を促す造血因子投与です。
当科は2017年5月24日の第一例目の造血幹細胞移植(SCT)成功後約三年が経過しました。
今年7月に到達できたSCT100症例の内容は、対象疾患の大部分が多発性骨髄腫(MM)であったため、自家移植が中心でした、これはMMでは同種移植による成績が十分ではないことによります。
なお、急性白血病では、自家移植より同種移植が一般的ですが、移植可能な条件を満たす症例数が、多くなかったことから、100例中では少数でした。

当科にも、一定の割合で急性白血病症例が入院されていますが、同胞内で、HLA型適合ドナーが見つかる可能性が4分の1であるため、少子化時代も加味して考えると、同胞外のドナーからの移植が必要となります。
この非血縁者間同種移植は、通常は、骨髄バンクか臍帯血バンクのドナーからの移植になります。

ただし健常ドナーからの移植は、ドナーに多くの負荷がかかることから、習熟した血液内科スタッフによりHSC採取がなされること、及び病院全体が、同種幹細胞移植に習熟していることが、施設認定の必要条件とされています。
また、各種の要件を満たして初めて、当施設も骨髄バンクや臍帯血バンクの認定施設の審査対象となることができます。

当科のSCTが自家移植が主体とはいえ100症例にまで、漕ぎ着けることが出来たのは、JADECOMや東京北医療センターの統率者の御配慮の元に、医師、看護スタッフ、薬剤部、検査部、ME、栄養科、輸血業務担当者、その他の関係各部署が、努力を重ねた”チーム医療”の賜であると、深謝の念にたえません。本当に有り難うございました。

ただし、100症例の幹細胞移植達成は、ゴールでは無く、今後の発展の初期段階にようやく到達できたことだと考えています。

今後は、施設要件を見直し、状況によっては、拡充を行い、骨髄バンクや臍帯血バンクのドナーからのSCTが可能な施設に発展していくこと(6年前には、南病棟の竣工後の次期工事に放射線治療部の新設が含まれていました)、更には、骨髄組織中に含まれる血管幹細胞を用いた血管再生療法の着手、骨髄細胞浮遊液中に含まれる肝臓幹細胞を用いた肝臓再生療法の着手、骨髄付着細胞中に含まれる間葉系幹細胞(marrow mesenchymal stem cell=M-MSC)からの越域細胞分化trans-differentiationを応用した、脊髄損傷に対する脊髄再生療法、等の再生医療にも着手していく所存です。

真の地域医療振興は、先端治療を全国展開し、実践していくことだと考えています。
今回の100症例達成を弾みに、微力ながら、絶妙のチームワークを元に、多くの部門の方々とスクラムを組んで前進させて頂ければと考えております。宜しくお願い申し上げます。